らくらくガリア戦記
第六段
テキスト
erant omnino itinera duo, quibus itineribus domo exire possent: unum per Sequanos, angustum et difficile, inter montem Iuram et flumen Rhodanum, vix qua singuli carri ducerentur; mons autem altissimus impendebat, ut facile perpauci iter prohibere possent; alterum per provinciam nostram, multo facilius atque expeditius, propterea quod inter fines Helvetiorum et Allobrogum, qui nuper pacati erant, Rhodanus fluit isque nonnullis locis vado transitur. extremum oppidum Allobrogum est proximumque Helvetiorum finibus Genava. ex eo oppido pons ad Helvetios pertinet. Allobrogibus sese vel persuasuros, quod nondum bono animo in populum Romanum viderentur, existimabant vel vi coacturos, ut per suos fines eos ire parentur. omnibus rebus ad profectionem comparatis diem dicunt, qua die ad ripam Rhodani omnes conveniant. is dies erat a. d. V. Kal. April. L. Pisone Aulo Gabinio consulibus.
解説
erant omnino itinera duo, quibus itineribus domo exire possent:
erantは存在を表す動詞のように見えますが、あとを読んでいくとコプラだと考えたほうがよいでしょう。基本構造としては、erant ... itinera duo ... unum ... [et] alterum .... となっていると考えられます。
まずは、主語の部分です。
iter, itineris (n.)は主格がやや特殊な名詞ですが、これまで何度か出てきていますね。ire(行く)の名詞形です。ここでは、「行路」といった意味です。 omninoは omnis, omnis, omne(すべて)から派生した副詞で、「まったく、全部で」といったような意味です。つまり、全部で二つしか道がなかったわけです。
関係代名詞(中性奪格)にくっついているこのitineribusは、文法的には不要ですが、Caesarはこういう風に重要な概念を繰り返すのが好きだったようです。雰囲気的には、「二つだけの道。その道を通って、Helvetii人は故郷を出ることが出来たのだった」みたいな感じでしょうか。 possentは接続法未完了時制ですね。接続法を使っているのは、「このうちの一つの道を選ぶかもしれないし、もう一つの道を選ぶかもしれない」というようなニュアンスを表しているそうです。
unum per Sequanos, angustum et difficile, inter montem Iuram et flumen Rhodanum, vix qua singuli carri ducerentur;
コプラでくっつけられたものの一つ目です。unumはunum iterということですが、それは、Sequani人(のクニ)を通るものであり、狭くて(angustus, angusta, angustum)難しく(difficilis, difficilis, difficile)、ジュラ山脈とローヌ川の間を通るものであったわけです。
地形の話は、第2段にありました。
undique loci natura Helvetii continentur: una ex parte flumine Rheno latissimo atque altissimo, qui agrum Helvetium a Germanis dividit, altera ex parte monte Iura altissimo, qui est inter Sequanos et Helvetios, tertia lacu Lemanno et flumine Rhodano, qui provinciam nostram ab Helvetiis dividit.
というものでしたね(文法や単語などを忘れてしまった方は、こちらから復習しましょう)。ごく模式的に説明すると、北に尖った三角形がHelvetiiの領土だとすると、北西の一辺がジュラ山脈、北東の一辺がライン川、南の底辺がローヌ川、という位置関係になっています。そして、ジュラ山脈の向こう側にSequani人が、ライン川の向こう側にゲルマン人が、そして、ローヌ川の向こう側にローマの属州(Provincia Narbonensis)があったわけです。
つまり、Sequani人のクニを通る行路というのは、要するに、ジュラ山脈を抜けていく行路ということで、だからこそangustum et difficileでvix qua singuli carri ducerenturだとされるわけです。
関係節ですが、vix(かろうじて)が強調のために前に出て、関係節から飛び出してしまっています。quaは場所の関係副詞です(もともとqua viaだったものがquaだけで使われるようになったものであるため、女性奪格の形をしているようです)。singuli carriは、単独の荷車がたくさんということで、複数になっています。つまり、一列になってしか通れなかったわけです。ここのducerenturも接続法未完了時制ですが、先ほどのpossentと同じ趣旨です。
mons autem altissimus impendebat,
impendeo, -, -, impendereは「上にかぶさる」という意味らしいですが、解説書には、viamを補い、「道が山がちである(ein Berg beherrschte den Weg)」と考えればよいとあります。altissimusはaltus, alta, altum(高い)の最上級ですね。
ut facile perpauci iter prohibere possent;
このut節は、altissimusと呼応した不真正の結果文とでも考えればよいでしょうか。「ほんのちょっとの人々でも、簡単に行路をふさいでしまうくらい(深く山がちである)」というような意味でしょう。
alterum per provinciam nostram, multo facilius atque expeditius,
コプラでくっついた名詞の二つ目です。alterum iter(もう一つの行路)は「われわれ」、つまりSPQRのプロウィンキア(属州)を通るものですが、こちらは、multo facilius atque expeditius、つまりmuch easier and (much) more comfortableだったということです。expeditus, expedita, expeditumというのは、「妨げのない(unbehindert)」とか、「快適な(bequem)」とかいった意味です。
propterea quod inter fines Helvetiorum et Allobrogum, qui nuper pacati erant, Rhodanus fluit
理由を示すpropterea quod節ですが、とりあえず途中で切りました。
ここも、特に難しくありませんね。大きな構造としては、Helvetii人のクニとAllobroges人のクニとの間に、ローヌ川が流れているということですね。そして、Allobroges(アッロブロゲース)人に関係節が係っています。nuperというのは「新しく(neulich)」、paco, pacavi, pacatum, pacareというのは「pax, pacis (f.)(平和)」の動詞化したもので「平和にする」ということです。この場合、SPQRによって平定されたという意味です。受動態過去完了時制です。この節だけ見ている限りでは、過去完了時制にする必要性はなさそうですが、おおもとの主文の動詞(今日の冒頭)が未完了時制(erant)であるために、わざわざ過去完了時制にしているんでしょう。
isque nonnullis locis vado transitur.
propterea quod節のつづきです。isはRhodanusです。nonnullus, nonnulla, nonnullumは、「ゼロ(nullus, nulla, nullum)」では「ない(non)」という意味で、「多くの(mancher, betraechtlich, ziemlich viel)」という意味になります。locus, loci (m.)(場所)に係って、奪格になっています。「多くの場所で」ということですね。vadum, vadi (n.)は「浅瀬」で、これも奪格です。transeo, transii, transitum, transireは「渡る」ですが、受身になっていますね。
extremum oppidum Allobrogum est proximumque Helvetiorum finibus Genava.
extremus, extrema, extremumは「最も遠い」、proximus, proxima, proximumは「最も近い」と対句になっています。いずれもoppidum(城市)に係っているので、中性になっています。Allobrogum複数属格です。proximumは、「~に近い」という場合与格をとるので、Helvetiorum finbusとなっています。Genavaは、今で言うジュネーヴ(Genève, Genf, Geneva)ですね。今日では、国連・WTOなどの国際組織が林立しています。
ex eo oppido pons ad Helvetios pertinet.
pertineoは前にも出てきましたね。「伸びる」とか「広がる」とかいう意味です。pons, pontis (m.)は、フランス語でお馴染みですが、「橋」です。橋幸夫は、もしローマに生まれていたら、Benedictus Ponsだったかもしれません(笑)。要するに、Allobroges人の街であるジュネーヴから、Helvetii人のクニへと橋が架かっていたわけです。
Allobrogibus sese vel persuasuros, quod nondum bono animo in populum Romanum viderentur, existimabant vel vi coacturos,
文の構造としては、existimo, existimavi, existimatum, existimare(見積もる)の未完了時制に、vel ... vel ... (entweder ... oder ...)でどう考えたかが対格でくっついています。主語は文脈上Helvetiiですから、seseもHelvetiosです。このseseに対格の能動態未来分詞(まさに~しようとしている)がくっついています。あるいは、esseを補って、a.c.i.の変形と考えたほうが自然かもしれません。いずれにせよ、「~しようという心算だった」ということです。
一つ目は、Allobrogibus persuasurosで、Allobroges人を説得しようという心算だったわけです。理由のquod節がついていますが、nondumは「まだ~でない(noch nicht)」、bono animo in ... (esse)は「~をよく思っている」ですから、この節は、ローマの人民をまだよく思っていなかったということです。まだローマに征服されたばかりですから、当然です。アメリカに征服されて、テロが頻発しているイラクを見ればよくわかります。viderenturは、接続法未完了時制の三人称複数形ですね。
もうひとつの可能性としては、vi coacturosで、力(vis)で強制し(cogo)ようとしていたわけです。説得がダメなら、力でねじ伏せようという心算だったわけですね。vis は特殊な格変化をする名詞で、単数は主格vis、対格vim、奪格viの三つしかありません。複数の主格と属格はvires, viriumで、こちらは普通に格変化があります。法学をやっている方は、ultra viresでお馴染みですね。
ut per suos fines eos ire paterentur.
ut節ですが、倒錯動詞patior, passus sum, passum, pati(許す)が、a.c.i.をとっています。対格はeos = Helvetios、不定詞はper suos (= Allobrogum) fines ireですね。再帰形容詞で示したとおり、主語はAllobrogesです。ここら辺は、きちんと主語が書いていないので、文脈から判断する必要があります。paterenturは、接続法未完了時制ですね(意味は能動)。
なお、先週のテキストにpaterenturのタイプミスがありました。お詫びして訂正いたします。
omnibus rebus ad profectionem comparatis diem dicunt, qua die ad ripam Rhodani omnes conveniant.
まずは独立奪格ombibus rebus ad profectionem comparatisがきていますが、profectio, profectionis (f.)は「出発(Aufbruch, Abreise)」で、comparatisは、comparo, comparavi, comparatum, comparare(調達する)の受動態完了分詞ですね。ad profectionemは、omnibus rebusに係っています。
dico, dixi, dictum, dicereは「決める」です。ここでも、関係代名詞のあとに先行詞が繰り返されていますね。Caesarの好きな言い方です。ripa, ripae (f.)は「岸」、ローヌ川(Rhodanus)の岸です。convenioは、con + venioですから、文字通り「集まる」ですね。接続法現在時制を用いています。
is dies erat a. d. V. Kal. April. L. Pisone Aulo Gabinio consulibus.
dies, dieiは、文法では男性でも女性でもよいとされます。それにしても、さっきはquaと女性で受けていたのに、いつのまにかisと男性になっているのは、何だか一貫性がないように思います。
a. d. V. Kal. April.は、「ante diem quintum Kalendas Apriles」と読みますが、要するに、「4月朔日(ついたち)の5日前」ということです。当時の暦によると3月28日だそうです。そういえば Caesarは暦の改訂も行っていますね。いわゆるユリウス暦です。
以前も出てきましたが、年をいうにはコンスルの名前の独立奪格を使います。ここでは、Lucius PisoとAulus Gabiniusがコンスルだった年ということで、紀元前58年だそうです。